3.実施例の紹介

 昔,精密機械というのは時計やオルゴールのように小さい部品を用いている機械のことでしたが,今は機械的精度を要求仕様とする製品を指しています.具体的には,工作機械や計測装置のことです.機械的精度とは位置や速度,経路の絶対誤差や繰り返し誤差を指しています.さて,モデルベース開発(MBD)が進んでいる自動車やロケットと比べると,精密機械には以下のような特徴があります.

 ① 市販のサーボモータを使うことが多い
 ② 同じ目的でも全く違った方式のものが存在する
 ③ 一般に,重く硬くすると性能や品質には良いがコスト的には困る
 ④ 既定の動作に限定して使用されることが多い

 これらの特徴のうち,①は組込みシステムがなく制御の自由度が少ないことを意味しています.逆に②は機構の自由度が高いことを意味しています.例えば,ワークとプローブのどちらを動かしても良く,両方動かしても構わないし,機能を満足できれば大きさや形も自由だということです.そして③は軽量化の魅力は感じるものの設計上の不安があることを意味しています.①~③の特徴から言えることは,精密機械のモデルベース開発(MBD)は,自動車のように操作アルゴリズムを検討するのではなく,機構を含めた方式を検討するため,機構モデルの規模はそれほど小さくできないということです.
 従って,一般に行われる非線形シミュレーションではなく,演算時間の短い線形シミュレーションを用いる以外にはありません.また,機構の設計自由度が高いことは1Dシミュレーションのモデルライブラリにあるような,典型的モデル要素だけではモデル化が難しいこと,つまり,物理現象を自力で数式表現できるスキルが必要だということです.
 一方,④は線形シミュレーションを行うのに好都合です.動作を特定できるため,不連続現象によって生じる振動などは,特定のタイミングで発生する外乱として扱えますし,動作中の形状変化を複数のモデルで近似した場合でも,用意すべきモデルの数を少なくできます.実際に適用した例があるので,2つご紹介しましょう.

(1) 半導体露光装置の例

xytable  これは,半導体回路のパターンを縮小投影してシリコンウェーハ上に転写する装置です.製品によって精度も色々ですが,位置の繰り返し精度はナノメートル単位の誤差が要求されています.
 装置構成は,アクティブ除振台上に投影レンズを固定した定盤を搭載し,さらにその定盤上にリニアモータ駆動のXYテーブルを搭載しています.なお,XYテーブルと言っても,Z軸,ωx軸,ωy軸,ωz軸の4軸もわずかな範囲ですが制御されています.ガイドはXY軸で静圧ガイド,他の4軸は平行板バネが使用されていました.アクティブ除振台は空気バルブを開閉する圧力制御とボイスコイルモータによるサーボ制御で構成されていて,駆動系に非線形で表現すべき部分はありませんでした.
 機構を表現するバネマスモデルは18個の剛体要素と27種類,84箇所の粘弾性要素で構成しました.定盤のように軽量化したい部分は複数の剛体要素に分割し,位置計測誤差に影響するセンサ支持部材も定盤から分離しました.設置先の床剛性も影響するので,除振台の下のベースフレームもモデル化しました.
 剛性要素と粘弾性要素の物性や位置情報を入力すると状態空間モデルを出力する関数をMATLABで自作しました.バグ解消に手間取りましたが,同じモデルをRecurDynで作り,比較検証することで,関数の品質は確保しました.全体のモデルはSimulinkで作りました.制御系は色々と工夫されていますが,全て線形制御であり,Simulinkで問題なく表現できました.機構系のバネマスモデルは自作関数で変換した状態空間モデルとしてSimulinkに埋め込み,全体としても線形なモデルになっています.
 剛体要素の情報は全てCAD情報から入手できましたが,結合部の粘弾性については不明であったため,CAEの振動解析で求めた振動モードと固有振動数を手掛かりに剛性を合せ込んでゆきました.大変そうに思われますが,固有振動数の低い順から合せれば割と短時間で設定できます.粘性については全てのモード減衰比を0.015として一括設定しました.  少々乱暴に思われるかもしれませんが,金属構造物の場合はこの程度で済みます.もちろん,特に高い粘性が見込まれる部分には,そこだけ粘性を追加できるようにしてあります.
 以上で線形モデルは完成ですが,線形モデルはパラメータが固定値ですから,XYテーブルの位置も固定されてしまいます.そこで,既定の移動経路に沿って複数箇所でのモデルを準備し,次々にモデルを切り替える区分線形化法で線形シミュレーションを行います.区分数を増やせば演算時間も長くなりますが,ソルバーを使った非線形シミュレーションと比べれば圧倒的に短い時間で済みます.半導体露光装置は精密機械の中でも非線形要素が少なく,線形表現しやすい製品でした.

(2) 産業用ロボットを用いた計測装置の例

 robot1 これは,極座標型ロボットに該当しますが,直動機構が円弧状である点で少し特殊です.幾つかの非線形要素があるため,半導体露光装置ほどモデル化は簡単ではありませんが,精密機械としては一般的な製品です.具体的な機械構造は,回転軸が3個と円弧状スライド軸が1個という構成ですが,運用中に駆動する軸は回転軸1個と円弧状スライド軸1個だけでしたので,2軸駆動の線形モデルを作成しました.
 2軸とも市販のサーボモータと専用コントローラを使用していました.市販品のモーターは内部に安全対策が施されている点で良いのですが,制御内容の詳細までは開示してくれないため,モーター単体での周波数応答実験を行って,制御系内部のブロックを推定しました.しかし,完全に把握することはできず,把握できた部分だけ使用して制御することにしました.
 制御対象である機構には複数個のローラーを円弧上に配置した特殊なガイドがありました.ラフに捉えれば1つの回転軸受ですが,ローラーの配置が軸対称でなく,接触部に隙間もあるため,片当り現象も表現できるよう,ローラーごとに接触点と回転軸を結んだ方向のみ拘束する粘弾性要素で表現しました.一方,主な非線形現象は,回転による物体移動量が回転角の三角関数になることでした.これを線形近似すると誤差は大きくなります.そこで,線形システムとは別に幾何学的な静的移動量を求めておき,最後に置き換えることで解決しました.
 現在,典型的動作の実験で得た各部出力データから,モデルの評価と修正を行っているところですが,重要な出力は概ね一致するようになりました.また,モデルを作成する過程で,複数の改良案が提起され,改良案の効果を並行して予測しています.

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